川島悦実×AMAZING JIRO×佐久間一彦 ロングインタビュー 前編 – KYN 川島悦実と愉快な仲間たち

川島悦実×AMAZING JIRO×佐久間一彦 ロングインタビュー

ジャーアナリスト佐久間 まさかの命がけ取材

取材相手はよく知っている二人。指定場所もとても安全な場所だった。

対談風景は穏やかに和やかに進んでいるように見える。

にも関わらず、なぜ、「命がけ」の取材となったのか・・・??

川島・JIRO・佐久間 対談

左から、Amazing JIRO、佐久間一彦、川島悦実

『川島悦実と愉快な仲間たち』というサイトを立ち上げたわけですけど、今回はJIROさん、佐久間さんとざっくばらんにいろいろお話をしたいなって思ったんです。

職業柄インタビューするのは慣れているので、お二人にいろいろお話を聞かせてほしいですね。そもそもJIROさんがこの特殊メイクの道を志したのはどういうきっかけがあったんですか?

もともと物を作るのが好きで、何かやりたいって思って多摩美大に入ったんです。そこでガラスを勉強したんですけど、何か一つに絞りたくなかったんですよね。東京芸大に行くと選択肢がもっと広がるっていうことで、多摩美に行きながら受け直しを狙って、それで芸大に入ったんです。工芸科ってところに入って、陶芸とか漆とか金属とかいろいろ選んでやるんですけど、結局最後は一つに絞らなければいけない。でも、一つに絞りたくなかったんですよね。

いろんなことをやりたかった?

何でも作りたいって思ったらどんな道があるんだろうって考えていました。大学を卒業してどの道に進もうって思ってた時に、たまたま『リング』『らせん』の映画の特殊メイクのメイキング映像が流れていたんです。リアルなものを作れるし、素材が何かわからないし、想像がつかない。こういうのを勉強したら何でも作れそうだなって思ったんです。特殊メイク業界の人って、大体がSFが好き、ホラーが好きというところから入ってくるから、ちょっとオタク志向なんですよね。だけど僕は何でも作りたいというところから特殊メイクを選んでいるから、とくに映画にもこだわりがなくて。とはいえ、卒業したら普通に映画の裏方で特殊メイクをやるのかなって何となく漠然と思っていたんです。そんな時にヘアーショーのオファーがあったんです。

それが川島さんとの出会いですか。

たしか国際フォーラムでショーをやるってことになって、2000人ぐらいのショーだったんですけど、誰かとコラボしてということだったんです。でも、興味のあるアーティストがいなくて、だったら学生とコラボしたいなって。それで巡り巡ってJIROさんにたどり着いたんですよ。

僕が学生だった時に青山の美容室からヘアーショーだと言ってオファーがあるわけですよ。学生の中には美容経験のある女の子がいて「URってところはすごいんだよ」って話を聞いて、そんなところから俺たちにオファーが来たの?ってビックリですよね。

当時は特殊メイクと美容がコラボするなんてことがない時代でしたから。

ちょうどハロウィンとかの準備で忙しい時期だったんだけど、どうせ美容室でヘアーショーだったら「妖精の耳をつけてほしい」みたいなオファーだろうなって思って行ったら、いきなりそこに川島さんが現れたんです。

第一印象はどんな?

超大男ですよ。髪型も今みたいな感じで、金髪でサングラスして(笑)。たしか表参道店の金色のソファーに座って「こんにちは」って言うわけですよ。

美容師ってこんなイメージだっけな?って思いつつも学生ですから、すげえなって思って。その横から「犬」(けん)さんがいきなりプレゼンを始めたんです。今回のテーマはベトナム戦争ですって。

懐かしいなぁ(笑)。

自分を含めて6~7人いましたね。

川島悦実×AMAZING JIRO×佐久間一彦 ロングインタビュー

ヘアーショーのテーマがベトナム戦争で、JIROさんたち学生にオファーがいったと。

12体モデルをやったんですけど、ベトナム戦争をイメージして廃材だけで作ったんです。一つだけ髪の毛があるんですけど、あとは車の廃材とかで作ってるんです。

JIROさんとコラボするんだったら負けたくないって思うじゃないですか。

ヘアーがどこにも見えてないものばっかりでしたもんね。

あらわれたのは金髪の超大男。美容師ってこんなイメージだったっけ?ってね。(笑)

── JIRO

AMAZING JIRO
川島 悦実

懐かしいね。(笑)
後日JIROさんと会って、「JIROさん、人生変えよう」って口説いたんですよね。

── Kawashima

僕はパーツを作ってモデルの顔は生かしてって考えてたんですけど、他の同級生なんかは特殊メイクの技術を振えるわけじゃないですか。だからヘアーショーなんて関係ないんですよね。ゾンビみたいな血だらけのやつとか作る気になってて、大丈夫かなって思って(苦笑)。ヘアーショーで美容を見に来るお客さんに対して血だらけの人たちを見せるのかっていうのもあるし、あとはこっちのインパクトが強すぎるから、普通にヘアーを作っても特殊メイクばっかり目立っちゃうんじゃないかなって思ったんです。

当時は川島さんがどんな人かもわからないわけですもんね。

当日臨んで、みんな血だらけのすごいのを作ってるんですよ。僕は学生ながら変にバランスを気にしながらやっていたんですけど、控室にはどんどん廃材が入ってきて、それで頭のほうを作り始めたら、すごいデカイのとかありましたよね。

一体につき、20㌔とか30㌔の重みをつけてるんですよ。モデルたちもシンガポールとかいろんなところから来ている一流のモデルさんたちなのに、まったく顔が出てないんですよ。原型をとどめていないので。

モデルさんたちも大変ですよ。モデルさんって大体細くて顔も小さいわけですよ。そんな人たちが頭に20㌔も30㌔も乗せてわけですからグラングランして(笑)。

首がやばくなると寝かせてましたね。だから地獄絵巻みたいな感じですよ(笑)。

ヘアーがすごいことになってるから、特殊メイクどころのインパクトじゃないですよ。

負けたくないって思ったら、ここまでやるか!になりましたもんね。

そのヘアーショーがお二人の出会いだったんですね。

ヘアーショーの後に口説いたんです。6~7人の学生の中でずば抜けていたんですよ。物が違うって思いました。学生の時に描いていたデッサンも見せてもらったんですけど、評価が書いてないんです。「JIROさん、これなんで?」って聞いたら、先生が点数をつけてくれなかったんですって。

先生が評価できない作品だった?

それがコップと人間がコラボしてたりとか、絵画力のやばさですよね。僕も異端児とかキチ○イとか言われてるなかで、いた!って思いましたね(笑)。

同じ匂いのする人間がいたと(笑)。一緒にやっていた他の学生ではなく、JIROさんにだけ興味が湧いたんですね。

他はまったく目に入りませんでした。後日JIROさんと会って、「JIROさん、人生変えよう」って口説いたんですよね。

ショーをやってみて、表参道の美容師像とか、ヘアーショーとはこうあるものっていう、自分が常識としていたものが次々と覆されたんです。想像していたことが覆されたという経験が物すごく楽しくて、いろいろ面白いことができそうだっていうだけで、他の特殊メイク業界への就職は考えずに、またヘアーショーがあったら使ってくださいっていうのを言いに行ったんです。

川島さんに呼ばれた時に。

いや、実は呼ばれたからじゃなくて、周りには抜け駆けして訪ねていったんですよ。(笑)

── JIRO

AMAZING JIRO
川島 悦実

えー知らなかった!それじゃ、最初から両想いじゃない?

── Kawashima

僕が行ったら、川島さんが「ああJIROさんが来てくれた」ってVIPに通されたんです。川島さんは誰かに僕のことを呼んでくれって頼んでいたんですよね。

そう。それで来てくれたと思ったんですよ。

でも違うんですよ。ウソをついて、「廃材が残ってるんだったら卒業制作で使いたい」っていうのを理由に、他の生徒たちには抜け駆けで川島さんに会いに行ったんです。

知らなかった。じゃあ最初から両想いじゃない?

そうですよ。また何かあったらってお願いしようと思っていたら、その相手から逆に「来てくれた!」って言われて、なんだこりゃあ?みたいな感じで、一緒に何かやりましょうって言われたんです。

すごい。お互いに通じ合っていたんですね。でも、普通に就職しないことに不安はなかったんですか?

どうなるかはわからないですけど、まずはそこに行ってみようっていう気持ちでしたね。最初に川島さんに言われたのは、「表参道界隈に一部屋用意するから、そこに住みながらJIROさんの好きなもの作っていいよ」って。

たしかその時に、JIROさんが1200円か1400円で絵の先生をしてるって言ってたんですよ。この人はこんなのケタが違うって思っていましたから。

予備校で講師をやっていたので。部屋を与えてどうのこうのという話の前に、まだ学生が残り3カ月くらいの時にUR本店のVIPルームを好きにしていいよって、いきなり現ナマで100万円渡されたんです。

えー! 自由にやっていいと。

学生にそんなに自由にやらせてくれるなんて普通ではありえないですよね。

すごいVIPルームになったんですよ。宇宙船の中みたいな。

そうですね。でも難しかったですね。今だったらもっと違うものになるんだろうけど、その時はどうしていいかわからない。だってそのお金で何ができるかもわからないじゃないですか。そこから学校に行かなくなって、URに来ては何かしらやっていましたね。

川島・JIRO・佐久間 対談

特殊メイクで使ってくれって言っても、やっぱり学生映画とか、そういうのしか来ないんですよね。そういうのが来ると、こだわって作れば作るほど赤字になるんです。要するに5万円の仕事に半月かけたりするわけですから。だけど、その時に思ったんです。何もないからやれることって言ったら作品を生み出すだけだなって。財産というか武器を作ることだけだなって思いました。

その頃は有限会社が作れたんです。だから半分ずつ出資して会社を作ろうって言ったんですよね。

それがJIROさんの自由廊ですか?

そうです。

どこかで部屋を借りて物を作るっていうのもいい提案ではあったんですけど、それって自由なんだけど自由がないじゃないですか。そこは違うかなって思いつつ、でもやっていきたいんですよね。その時に川島さんから共同出資で会社を立ち上げませんかって話が来たんです。その頃はネットなんかやってないし、物件を探すのも大変で、一つずつ不動産屋に行って、あちこち行きました。そういうことも初めての経験でしたから。

僕はそういうところは絶対に手伝わないので。倉庫を見つけましたよね。

そうなんです。

作品を置くための倉庫ですか?

倉庫じゃないと大物を作れないんですよ。高さと広さがないと。キラキラ輝いている物作りの学生っていっぱいいると思うんですよ。でも表現の場がないんです。ともすれば学校の先生の評価を求める物作りしかしない。これは美容学校もそうだし、アート系の学校もそうなんですけど、パリに研修に行きましょうとか、ハリウッドに研修に行きましょうとか、キレイなきらびやかな世界だけを見せて、夢ばっかりを膨らませるんです。でも現実って3K+Kが何個もつくような、それぐらいしんどいわけですよ。JIROさんってそこの現実を最初から見ることができていたんですよね。

大きいほうが大きいものを作れるなってぐらいで、先のことなんか考えてないんです。だから100平米ぐらいの倉庫を借りたんです。まだ電気も通ってないのに何回も倉庫に行ってはシャッターを開けて、ロフトの上に座りながら100平米を眺めて、ここが今から俺の城だって(笑)。いきなり社長っていう肩書きだし、気持ち良かったですよ(笑)。だけど、一人でその大きさは持て余すわけですよ。

あそこに寝泊まりしてましたよね。

4年住んでましたよ。

作業場であり、家だったんですね。

本当は倉庫だから住んじゃいけないんですよ。下がコンクリートだし、スレート板っていって波板の下から空気がバンバン入ってくるところで。トイレはありましたけど、もちろん風呂はないので、流しで体を洗って(笑)。ベニヤ板を敷いたところをキレイに緑色に塗って、ちょっと家らしくしてゴザ敷いて、そこに4年住んだんです。

そんな生活を4年もしていたんですか。

誰でも最初は食えないんですよ。

どうしても成功した今の姿だけを見てそこを目指そうと思うと、最初の苦労で挫折するっていう若者も多いでしょうね。

そうなんです。そこは学校が間違ってるんですよ。こんなに素敵なきらびやかな世界なんだよってところしか見せないから。現実を教えてくれないんですよね。JIROさんも最初は絶対しんどかったはずなんですよ。共同代表ですけど、僕は何も手伝っていないので。でも途中、本当に苦しいって時にお話をして、JIROさんは物作りをしないといけないから過去に作ったものでも、今作っているものでも、全部言い値で買うからって言って、1回、僕の家がJIROさんのオブジェで埋まったことがあったんですよ(笑)。

僕が学生時代に作ったものとかもね。でも、それが元手というか、とりあえずの軍資金になったんですよ。それ以外にも特殊メイクでオーブンが必要だとか、必要なものがあったら買うからって言ってくれたんですけど、作品以外のものは買ってもらわないようにして、あとは自分でなんとかやるしかないって思っていましたね。だって、営業すら知らないわけですよ。どこに行けばいいかもわからないし、どうやったら仕事が入ってくるかもわからないし。

僕らも下積みはありましたけど、JIROさんは4年ですか。よく心が折れなかったですね。

── Sakuma

佐久間 一彦
川島 悦実

JIROさんみたいにブレずに努力し続けられる人じゃないと無理なんですよ。

── Kawashima

自分の力量を理解してもらうまでが大変だと思いますけど、そういう状態からどうやって脱却したんですか?

JIROさんって人的魅力がすごくあるので、作品を売るじゃなくて、JIROさんに会った人たちがJIROさんに惚れるんです。自分を売るってことができる、珍しいタイプのアーティストなんですよね。そこに僕も行ってしまったので。今、アーティストとして生きていこうっていう人に間違ったらダメだよって言いたいのは、上から人を見ることは絶対にいけないってこと。出会って10年以上になりますけど、JIROさんが威張ってるところは1回も見たことないですよ。“テンション高く腰低く”って僕のモットーなんですけど、JIROさんが腰高いのを一度も見たことないですから。本当に一つずつですよね。

大家さんも説得して、「これから頑張って絶対に稼げるようになるから」って、本当は家賃15万のところを13万5000円にしてもらったんですよ(笑)。

ちょっと下がってる(笑)。

さらに水道代は大家さんが出してくれると。

大家さんも惚れて、期待してくれていたんでしょね。

も1年経っても全然プラスがないわけですよね。

何年ぐらいかかりました?

自分が初めて給料として15万円を得たのが4年目です。

やっぱり石の上にも三年って大事なんですね。でも編集の人とかも同じようなことがあるんじゃないですか?

そうですね。みんなやっぱり最初は光の当たるところしか見ていないんですよね。好きなスポーツを取材できる、好きな選手に会えるとか、そういう表面的なものへの憧れですよね。でも、そこに行くまでにはやらなければいけないことがたくさんあるんですよ。

編集の人って夜通しですよね?

僕の場合は10年以上週刊誌をやっていたので、週2~3日は徹夜がありましたね。締め切りの関係で毎週日曜日は徹夜でした。一番は時間の恐怖ですよね。

締め切りがあるものはみんなそうですよね。

やらないと終わらないのでやるしかないんですよね。雑誌は白紙で出すわけにはいかないので、眠いの辛いの言ってられないですから。僕らも下積みはありましたけど、JIROさんは4年ですか。よく心が折れなかったですね。

楽しかったんですよ。2年目と4年目に『TVチャンピオン』っていう番組で優勝して、ちょっと期待しましたけどね。よくケーキ屋さんとかは『TVチャンピオン』で優勝すると、翌日はすごい行列ができるって言うんです。

行列はできたんですか? ブタになりたいとか、犬になりたいとか?

一切なし(笑)。翌日ちょっと気にしましたよ。シャッターを開けたら行列ができてるかなって(笑)。でも全然来ない。多少は営業力にプラスにはなったと思いますけどね。当時はとにかく作品を作り続けるしかなかったので。5万だったら5万なりの仕事をしていたらいいものを作れないから、とにかく作った作品をホームページに載せてました。

そこから引っかかる人もいるかもしれないですからね。

学生の時に飲みに行ったカラオケ屋の店員が確かウェブをやってたなっていうのを思い出して、それでお願いしてタダでホームページを作ってもらったんです(笑)。

僕は何にもしてませんから(笑)。

そもそも自由廊の語源って、JIROのRの前に「UR」を入れたたんです。

朗らかな自由な創作をやっていこうっていうことなんですよね。

Amazing JIRO

今回やろうとしていることを川島さんは結成当時に話してらして、アーティストとか、みんなちゃんと自立して自分のやることをわかっている人たちが、集まってくるような部屋にしようと。廊は廊下の廊で、中国ではルームっていう意味だと思うんですけど、自由に入ってきて自分たちのやりたいことを作るような、そんなふうに会社がなったらいいねってことで自由廊になったんです。

でもきっと、アーティストってたくさんいると思うんですけど、JIROさんみたいにブレずに努力し続けられる人じゃないと無理なんですよ。

何でもそうですけど、ちゃんと終わらせないと次には進めないんですよ。

── JIRO

AMAZING JIRO
川島 悦実

ムダなことは一個もないんですよ。一個に挫折してしまう人間は、何をやっても挫折するんです。

── Kawashima

うまく行かない時に逃げるクセをつけてしまうと、
困難にぶち当たるたびに逃げるようになってしまうんですよね。

── Sakuma

佐久間 一彦

4年間倉庫で暮らしていたわけですもんね。

でも4年で良かったと思いますよ。だって一生ここの倉庫で寝泊まりしながら生きていくのかなって思ったこともありますもん(笑)。冷暖房がないですから冬は万年炬燵なんですけど、その中で寝泊まりするからフケだらけになるんです。室内なのに肩に雪が積もってたり(笑)。夏は汗かいても水でしか洗えないからニキビだらけで。大家さんもお湯つけてくれれば良かったのに(笑)。

やっぱり楽しかったっていうことが一番のエネルギーだったんですか。

それでも何かしら作るものがあったので。1カ月作るものがないとか、そういうことはなかったので良かったんです。なんだかんだでその頃はヘアーショーも結構あって、その都度、オファーもくれていたので。

その頃の作品もすごいですよね。恐竜をテーマにやったことがあるんですけど、悔しくてやけ酒を飲んだこともあります。JIROさんに勝てなくて。どれだけ頑張ってもツノに勝てないんです。トリケラボブって作ったんですよ。

トリケラトプスのイメージですか。

あまりにも顔とツノが強すぎて、何をやっても勝てないんですよ。編集の人が「いいですね」って言うんですけど、「何がいいんだ!」って崩して作り直したりとか、もがいてももがいてもまったくもってJIROさんのメイクに勝てなくて。この日はスタッフとやけ酒飲みましたから。「今日は本当にごめん」って。

その恐竜をやったのはまだ倉庫に住んでいる時代ですか?

そうです。この頃は特殊メイクをしっかりやってたんですよね。これは美容雑誌だったんです。美容雑誌のオファーって基本的には、一般の子たちがマネしたいヘアースタイルとかを提案しないといけないんですけど、たまたま恐竜がテーマで、それならってことでURに声がかかったんですよね。向こうが想像していたのは、恐竜っぽいヘアースタイルってことだと思うんですよ。

その恐竜をやったのはまだ倉庫に住んでいる時代ですか?

そうです。この頃は特殊メイクをしっかりやってたんですよね。これは美容雑誌だったんです。美容雑誌のオファーって基本的には、一般の子たちがマネしたいヘアースタイルとかを提案しないといけないんですけど、たまたま恐竜がテーマで、それならってことでURに声がかかったんですよね。向こうが想像していたのは、恐竜っぽいヘアースタイルってことだと思うんですよ。

髪型がっていうことですよね。

ウチ以外3店舗ぐらい恐竜からインスピレーションを湧かした、誰が見ても恐竜に見えないものを作ってたんですよ。恐竜からインスピレーションだったら恐竜をイメージしないといけないじゃないですか。モデルがポーズしてるだけで何が恐竜だって。ウチは本当の恐竜を作ってますから。

川島さんは基本的にアクセルしか持ってないんですよ(笑)。

前に行くしかない(笑)。

トップギアしかないです(笑)。

だから僕が軽くブレーキかけながら、方向指示器出してこっちじゃないですか?って(笑)。

JIROさんってネイルの資格も持ってるんですよ。

そうなんですか?

なかなか仕事が増えなくて、特殊メイクだけでは不安に思った時期があったんです。それで川島さんにネイリストに男の人はいないみたいですって言って。もしネイリストになったらURの場所を借りて、ネイルサロンをオープンしていいですか?って言いましたよね。それだけ特殊メイクでは食えなかったので。

それで資格を取ったんですか。

そうなんですけど、自分で探した新宿のネイル学校に行ったら、20代前半とか10代の女の子ばっかりなんです。傍から見たらハーレムですけど、行ってる僕からしたらライオンの群れの中にいるシマウマ状態ですよ(笑)。黒いエプロンしながら自分の爪を真っ赤に塗って。その後ろでは「男ってさ」って女の子たちが喋ってて、年下の子に「これはどこに返せばいいんですか?」って聞いたりして。もう耐えられなくなって、なんとか早く1級を取ろうって思いましたね。3級、2級、1級ってあるんですけど、その時は飛び級で1級を受けられたんです。みんな100回のコースを受け終わってから1級を受けるんですけど、僕は25回ぐらいしか行かずに1級に合格しました。学校にもあんまり行きたくなかったので、その時出会った1級に受かった人を捕まえて、空いた時間もその子の家に行って、徹夜で朝まで付き合ってもらうっていうこともありましたよ。

とにかく1級の資格取得はやり切ったわけですね。

何でもそうですけど、ちゃんと終わらせないと次には進めないんですよ。

ムダなことは一個もないんですよ。一個に挫折してしまう人間は、何をやっても挫折するんです。

うまく行かない時に逃げるクセをつけてしまうと、困難にぶち当たるたびに逃げるようになってしまうんですよね。

そう。絶対に逃げるんです。

最初の選択肢が逃げることになってしまったら一番楽なので、それを繰り返してしまう。そういう人は何人も見てきました。

やりきらないと何が自分に向いていて、何が向いていないかなんてわからないんですよね。やりきっていないのに判断するのは早いじゃないですか。学校でもこれは自分のやることじゃなかったって言って辞める人がいるけど、やりきってみてから判断すればいいけど、やりきる前に判断したら無駄でしかない。学校でも10学べるところを5で辞めたら、1か2しか残らないと思う。そう思ってネイルをやったからにはやりきろうと。ちょうど特殊メイクの仕事も入るようになってきていたんだけど、1級をゴールにしたので、そこまではやりきろうって思ってやりましたね。結局、1級を取った時には特殊メイクに切り替えていたので、サロンをオープンさせてくれとは言いませんでしたけど。

でもJIROさんがネイルサロンをやったらとんでもない状態になると思いますよ。一回提案したことあるんですよね。爪と指輪とブレスレットとピアスとネックレスと鼻ピアス。それが全部つながってたらカッコイイですもんね。

でもネイルも本当に勉強したから、特殊メイクの仕事でも役に立つんです。たとえばレズのドラマがあったんですね。レズビアンが付き合う時って、相手ができた瞬間にそれまで伸ばしていた爪を切るんですって。

JIROさんがレズ?

違う、違う(笑)。ドラマって時間軸は関係なく撮影するじゃないですか。爪を切ったシーンもあれば、長い時もあるわけですよね。だから特殊メイクの技術とネイルの技術もなければできなかったオファーだったんです。他は誰もできないだろうなって思って。何でもやっておくものだなって思いましたよ。